「なぜ、人間は働かないといけないのか。」
時々、そんなことを考えます。
生活するため。
お金を稼ぐため。
家族を養うため。
もちろん、それは大切な理由です。
では、もし一生働かなくても困らないだけのお金があったら、人は本当に幸せなのでしょうか。
好きな時間に起きて、好きなものを食べて、旅行をして、嫌なことはしない。
最初はきっと楽しいと思います。
でも、それが10年、20年続いたとき、
私たちはそれだけで「いい人生だった」と思えるのでしょうか。
そんなことを考えていると、学生時代の部活動を思い出します。
朝早くから練習をして、
何度も同じことを繰り返し、
怒られたり、試合に負けて悔しい思いをしたりする。
当時は「もう辞めたい」と思ったこともあったはずです。
決して楽な時間ではありませんでした。
それなのに、大人になって仲間と集まると、不思議と話題になるのはそんな頃のことです。
「あの練習、本当にきつかったな」
「あの試合、覚えてる?」
「あの頃は大変だったな」
そう言いながら、なぜか笑っています。
なぜ、あれほどきつかった時間が、今では大切な思い出になっているのでしょう。
おそらく、
「楽だった時間」と「充実していた時間」は、同じではないからです。
何もしないで過ごした休日は、その瞬間は快適です。
でも、10年前の何でもなかった休日を、私たちはほとんど覚えていません。
反対に、
必死に頑張ったこと。
失敗したこと。
悔しくて眠れなかったこと。
仲間と励まし合ったこと。
できなかったことが、できるようになった瞬間。
そういう時間は、何年経っても覚えています。
そこにはきっと、「自分が本気だった」という記憶があるからだと思います。
考えてみれば、仕事も少し似ています。
思ったように結果が出ない。
失敗する。
壁にぶつかる。
人間関係に悩む。
新しいことに挑戦して、うまくいかない。
仕事をしていれば、そんな時期もあります。
その瞬間だけを見れば、決して楽ではありません。
けれど何年か経って振り返ったとき、
「あの頃は大変だった」
「あの仕事は苦労した」
「でも、あれがあったから今がある」
と思えることがあります。
もちろん、苦労すればするほどいい、という話ではありません。
意味のない我慢や苦労を美化する必要もないと思っています。
休むことも大切です。
人生には、仕事以外にも大切なものがたくさんあります。
ただ、何かに本気で取り組もうとすれば、思い通りにならない時間は必ずあります。
それを乗り越えた先にある達成感や成長は、楽な時間だけではなかなか得られません。
では、なぜ人は働くのでしょう。
私は、単にお金を稼ぐためだけではないと思っています。
自分の力を使う。
誰かの役に立つ。
誰かに必要とされる。
仲間と何かをつくる。
昨日できなかったことが、できるようになる。
仕事には、そんな経験がたくさんあります。
そして、それらの積み重ねが、自分の人生の一部になっていく。
学生時代の部活動を振り返って、
「あの頃はきつかった。でも、いい時間だったな」
と思えるように、
仕事についても、いつか、
「あの頃は大変だった。でも、面白かったな」
と言えたら、それはとても幸せなことなのかもしれません。
人生の価値は、
どれだけ楽に過ごせたかだけでは決まらない。
何かに夢中になった時間。
誰かと一緒に頑張った時間。
うまくいかなくても、前に進もうとした時間。
そんな時間が、後になって人生の大切な思い出になっていく。
だから私は、働くことを「人生のために仕方なくすること」だけにはしたくありません。
仕事も、遊びも、家族との時間も、挑戦することも。
その一つひとつを本気で経験することが、
自分の人生をつくっていくのだと思います。
人生で最後に残るのは、どれだけ楽をしたかではなく、どれだけ心が動く時間を生きたか。
働くということも、
そんな人生をつくる一つの大切な時間なのではないでしょうか。
福原健太郎
FOOTPRIDE 代表
プロフィッター理論 提唱者

